School song & school emblem

School Song

武安正和作詞

一.
港の西なる 蒔田の丘の
学びの園生に おいたつわれ等
もく咲く菖蒲(あやめ)の 清く気高く
こころにかざす 白色(しろ)と紫色(むらさき)

(くりかえし)
うたえ園生のかげに 花と優しく
あおげ園生の徳を 月とさやかに
愛する園のしるし いよよ映えて
とこしえに幸あれ

二.
あさけの富士がね 雪にかがやき
夕日の海原 波をいろどる
たえなる姿を 日ごとながめて
こころに映す 白色と紫色

三.
栄ゆく園生の めぐみ豊けく
楽しきまどいに いそしむわれ等
迷いの夢路を たどる時しも
心を覚ます 白色と紫色

Our Purple and White

On the hill above Maita
On the west side of the bay
Stands our noble shrine of learning
Where we gather every day
Blossoming like the Iris
Striving for purity and right
Our hearts are ever loyal
To the dear old Purple and White
(Chorus)
Let us sing for joy on our school campus
Among the gentle blooms
Lift faces up to reflect her virtue
Brightly shining as the moon
Living as signposts for our noble school
Reflecting her light more
Eiwa, be blessed now and evermore

楽譜
校歌のルーツ

「港の西なる蒔田の丘の、学びの園生に生い立つわれ等」、本校が山手から蒔田の丘に移転した1916年から100年以上歌い継がれている本校の校歌。
学校史によると、蒔田移転直前に校歌の候補として、当時の音楽教師が2つの曲を弾き生徒たちに選ばせた。結果、軽快なリズムの現在の校歌が選ばれ、1916年蒔田移転献堂式に間に合うように練習し、披露された。校歌のメロディーはハジス校長の母校のスクールソングであり、歌詞は、当時の教頭、武安正和氏による。作曲者は楽譜に書かれているH.L.Doxseeである。

作曲者H.L.Doxseeについて

H.L.DoxseeのフルネームはHarry Legranda Doxseeであると分かった。
1891年ニューヨークで生まれ、West Virginia universityのcivil engineering(土木工学)を専攻した。在学中にこの曲を作曲した。卒業後、コロラド州の高校の校長を2年務め、第一次世界大戦に徴兵され、帰国後、ニューヨークの電信電話会社で働き、43歳でニューヨークで亡くなった。
音楽好きな理系の学生であったことが、在学中オーケストラのコンサートでトロンボーンを演奏していたということが分かるコンサートプログラムから推測できる。また、卒業時と卒業後の写真が残されていた。
現在、大学では本校の校歌と同じものは、もはや歌われていないが、明るく、軽快なリズムの歌であることから、厳かな式典の校歌ではなく、スポーツなどの大きな大会で歌われていたもののようだ。

School Emblem

校章画像

校章は昔から蒔田の丘に自生していた素朴な花、あやめを図案化したものである。
バックに、校色として校歌にも歌われている白と紫のあやめの花を、
中央には、本校の礎であるキリスト教主義教育を象徴する十字架を配した。
さらにやさしさやのびやかさを表現した装飾アルファベット書体でYE(横浜英和の頭文字)をあしらった。
縦の楕円形でまとめられ、清楚な中に秘められた豊かさがさわやかに感じられる。
1996年度の校名変更の際、公募作品より採用された
グラフィックデザイナー石川哉子氏(本校の卒業生、多摩美術大学卒業)の作品である。

Sub Mark

2024年度、石川哉子氏のデザインにより新たに制定された